欲のブログ(仮)

お金の事だけ勉強すればお金の問題は解決できる。

MSCIコクサイインデックスに100%

投資やセミリタイヤに関するブログの多くに、
資産バランスの事が書かれていますね。

 

ぼくはいろいろ考えた結果、先進国株に100%
としました。

 

分散が足りないと感じられるかもしれませんが、
実際のところこれで十分世界中へのリスク分散が
できていると思います。

 

 

8資産バランスも魅力的ではありますが、
そもそも債権は長期的に見れば株を超えないですし、
投資の期間(永遠ですけど)や、
個人的な経済状況によって望むべきバランスが異なるわけです。

 

 

ぼくに最も適したバランスは考えてみたのですが、
1銘柄買えばそれでいつまでもバランスをとってくれるという
ぼくのためだけにあるような便利なバランス銘柄はありませんでした。

 

 

「じゃあ怠けずに自分でリバランスしろよ」をという意見が
聞こえてきそうですが、却下です。ぼくは自分の投資について、

「明日、交通事故に遭って、
 目覚めたのが40年後だったときでも大丈夫か?」

という視点を持っています。

 

どんなにあなたがリバランスがうまくても、
銘柄選びがうまくても、しょせんは人間です。
明日、突然の難病で意識を失う可能性、
ちょっとした入院中にあるいは手術中に、株が暴落する可能性、
自動損切をできるようにした指値を超えて値下がりし、
約定ナシのままで倒産する可能性。

 

 

だから僕の財産は、
MSCIコクサイインデックスだけで運用することに決めました。

 

この投資方法にケチをつけたい方は、
前述のリスクにどう対処すればいいのかも教えてください。

 

 

まあ、厳密にいえば、
国民年金では日本株や債券等にも投資しているのだろうから、
意識している部分で、という意味ですけど。

 

 

ラクですよ。
リバランスも何も考えず、
ひたすらコクサイインデックスを買い続けるだけです。

 

 

インデックス・ファンドの時代―アメリカにおける資産運用の新潮流

インデックス・ファンドの時代―アメリカにおける資産運用の新潮流

  

 

敗者のゲーム〈原著第6版〉

敗者のゲーム〈原著第6版〉

 

  

株式投資 第4版

株式投資 第4版

 

 

株式投資の未来?永続する会社が本当の利益をもたらす

株式投資の未来?永続する会社が本当の利益をもたらす

 

 

株式投資は『喜捨』である。しかし債権はそうではない。

株式投資は『喜捨』である。

しかし債権はそうではない。

 

 

起業が、社会に向けて価値ある行いを行おうとするときに、
一般の株式投資家は見返りを求めずにお金を渡す。

値上がりや配当は、約束されたものではなく、
万一倒産しても返せとも言えない。

これはお金の『所有権の放棄』であって、『喜捨』である。
喜捨を続ければますます徳が積まれ(積立投資)、
その高い徳を慕って托鉢(配当)がなされ、食事を得る。

 

托鉢(配当)は、その有無や量によって測るものではない。

 

いただいたもので満足する。

いただいたものに満足して生活できれば、
(配当のうちで生活費を抑えて暮らせれば)
余剰の部分はさらに喜捨(再投資)し、ますます徳が積まれる。

 

 

このように暮らせるようになれば、出家である。
(配当金で暮らせるようになればリタイヤできる)

 

このようになるまでは、在俗信者として働きつつ、喜捨していくのだ。
(元本が不足しているうちは働いて節約し、積み立てろ)

 

時計

時計でその人の年収が分かるとまで言われるらしいですね。
女子の目はそういうところにも光っているのでしょうか。
そもそも僕はふだん腕時計をすることが少ないです。

 

それでも冠婚葬祭など、礼儀の一着として持っています。

 

腕時計なんて、死んだら肉体を失うので持っていけるものではない。

 

それなのに豪華な腕時計のために高いローンまで組んで
労働の時間を延ばしている人たちがいる。

「時間」とは「命」そのものなのに。

 

不思議ですね。

 

これが若手社長である僕の最高品質の腕時計。
1000円。 
たぶんこれより優れた時計をしている人などいないのではないでしょうか。

 

そして下のこれだと350000円だ。
僕の時計の350倍の値段がする。

しかし1日の時間は24時間しかもらえないらしい。

むしろ支払いのために働く分、時間は減る。

 

 

 

ベジタリアン?ではない。

身近な人の病気がきっかけで、外食の機会が激減した時期を過ごしたせいか、
一般的な料理がどうも豪華過ぎるように思えてきたのです。

 

また、肉は動物を殺すことを考えるとどうもかわいそうで、
あまり多くは欲しくなくなってしまいました。
ただしクマやイノシシなど、
農作物を荒らす動物や、
人間を襲ってくる動物を
害獣としてやむなく駆除した場合の肉は、捨てるより食べて良いように思います。

 

まあ人間が食べなくとも、ほかの肉食動物が食べるでしょうから、
放置しても構わないのですが。

 

しかし殺して牛肉を食べるより、牛乳をもらって育てる方が気が楽です。

極端なことをいえば、納豆菌や乳酸菌まで殺生の対象とすれば、
何かを殺さずに生きていくことはできません。

落ちている果物を拾ったとしても、
自分がいなければ誰かがありつけた食事だと考えれば、
奪わずに生きていくことはできません。

だからこそ、できるだけ少なく奪い、少なく殺し、
感謝していたいと考えるようになりました。

 

お釈迦さまも、肉を食べることを厳密には禁止していません。
条件さえ満たせば、托鉢で肉をもらって食べてもよいのです。
ただし肉を食べたいと思うことは禁止していました。

 

食肉を育てるコストは高いものです。
反対に殺生の少ないものは、手に入りやすいもの、
コストのかからないものになりがちです。

有機野菜やなんだかんだと理由をつけても、
高い食事を食べようとすればそれだけ見えないコストで誰かを殺しています。

 

殺生の少ないものを食べると、食費が非常に低くなります。

 

白米  30円程
納豆  18円程
キムチ 20円程
卵   20円程
もやし 20円程
味噌汁 10円程(ダイソー10袋入り) など。

 

このうちいくつかを食べるくらいです。

やたらと野菜食を推奨する人たちもいますが根拠がありません。

 

厚労省の調査などは、完全にサギ的な実験ばかりですし、
ひじきに含まれているといわれていた鉄分が、
じつは実験の際に鉄鍋で煮ていたからだったと判明した際には、
さすがにあきれ果てました。

 

多少は食べることもありますが、900ml程度の野菜ジュースなど、
極めて安価に手に入ります。

 

どうにも食費がかさみません。

 

それでいて、日に日に、ごはんをおいしく感じるようになるので不思議です。

そういえば、イギリスで減塩に取り組んだケースが発表されています。

 

< 塩と健康 国民運動(CASH) クレア・フェランドさん >
人間はたった6週間で薄味にも慣れてしまうという研究があります。
少しずつ減塩すれば誰も気付かず、消費者離れは起きないと考えたんです。

 

慣れ、なのかもしれません。

 

人間には、他の生き物を大量に殺して、美味い美味いと食う力はあります。
しかししばらくすると、慣れてしまい、さらに殺すのです。

 

なんだか、欲深すぎて自分は合わないから、僕は避けてます。

まあ、好き好きですね。

古代ローマの再出現

古代ローマのエピソードで、貴族たちの宴会では、美食を求めて満腹まで食べては吐き、再度食事をすると言う事を繰り返したらしいですね。

そのような贅沢はまた、各地から連れてこられた奴隷たちの労働によって支えられていたといいます。

 

これを聞くと古代ローマ人は異常だとか、嫌悪感を感じる人も多いでしょう。

 

しかし、僕はいつも思うのだけど、昨今の市民マラソンブーム。
飽食に飽きてメタボだなんだと叫ばれるようになると、健康的なスタイル・ライフスタイルがいいといって無駄に走り回りカロリーを消費し、その後はワインと殺した動物の肉をむさぼる。

 

走っては殺した肉を食う。
吐いては殺した肉を食う。

 

しかもそのような贅沢ができる人たちは比較的裕福で、貧困とはあまり縁がなく人生を謳歌しているようです。月給14万円の人たちに支えられて、年収500万円の貴族が遊興にふけっている。

 

彼らにもっと奉仕活動をしろとか押しつけの意思はないんです。

 

ただただ、古代ローマ人と同じだよねと、思うのです。

自己紹介

自己紹介

・30代後半

・独身

・職業:零細会社オーナー社長

・趣味:ヘミシンク、読書

・目標1:40代でリタイヤ(不労所得生活)

・目標2:若者向け投資教育 

・食事の好み:できるだけ殺さず(安く)食べる

・投資の好み:MSCIコクサイインデックス

・嫌いな物:マイホームローン、マイカーローン、学資ローン、教育への投資、浪費