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福沢諭吉:学問のすすめ

福沢諭吉 学問のすすめ

 学問とは、ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学を言うにあらず。

 これらの文学もおのずから人の心を悦こばしめずいぶん調法なるものなれども、古来、世間の儒者・和学者などの申すよう、さまであがめ貴とむべきものにあらず。

 古来、漢学者に世帯持ちの上手なる者も少なく、和歌をよくして商売に巧者なる町人もまれなり。これがため心ある町人・百姓は、その子の学問に出精するを見て、やがて身代を持ち崩すならんとて親心に心配する者あり。無理ならぬことなり。

 畢竟その学問の実に遠くして日用の間に合わぬ証拠なり。

 

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学問といえば、今では大学進学も当たり前といった風潮ですが、その学問をすすめた福沢諭吉さんも、上のように述べており、「ただむずかしき字を知り、解し難き古文を読み、和歌を楽しみ、詩を作るなど、世上に実のなき文学」のことを言うのではない。と断言しております。

 

「心ある町人・百姓は、その子の学問に出精するを見て、やがて身代を持ち崩すならんとて親心に心配する者あり。無理ならぬことなり」とあるように、この学問(世情に実のなき文学)に出精するとやがて身を持ち崩すことが多いわけです。

 

今の時代、奨学金の返済で身を持ち崩すものや、大学の時間を遊びのように費やし、その時間で得られた賃金を棒に振ることも、ここで戒めている世情に実のない文学に出精したためと言えます。

 

ああ、お金に困っていない方々は安心してください。「これらの文学もおのずから人の心を悦こばしめずいぶん調法なるものなれども、古来、世間の儒者・和学者などの申すよう、さまであがめ貴とむべきものにあらず。」とあるように、全否定しているわけではありません。

 

しかしやはり「あがめ貴とむべき」学問は、実(実用)に近く、日曜の間に合う学問なわけです。

 

 

つまりカネです。

何も大金持ちを目指せというわけではない。日常の暮らしが成り立つ程度でいいです。職業訓練校や専門学校など何でもよいですが、カネになることをまず考えなければ、そんな学問は何の役にも立たないのです。

 

 

高校・大学への進学の前に、ちょっと考えてみてください。